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2010年10月31日

伊勢参り

10/24 舞鶴を5時出発。名古屋に向う。10:30までには名古屋駅に着きたい。
ナビの到着予定がだんだん早くなる。高速道路は止めた。一般優先にしたらまた早くなった。
関ヶ原の峠、古い城下町など狭い旧街道をナビが案内。どうも昔ながらの近道らしい。
9時前に着いてしまった。「早起きは三文の得!」とジジババ得意になりババは大菩薩峠を目指すジジの車を見送る。
大学時代のクラス会で伊勢&奈良旅行に九州、四国、関東と集まる。
近鉄で宇治山田下車。昼食は「大喜」。老舗の料亭でおゴチそう。
昨年は私も世話人の1人だったが、節約節約の質素な会だった。
今年はリッチウーマンの世話人で全てがリッチ。
日常をスッカリ忘れて顔がほころぶ。
食後は伊勢神宮。ottoの転勤で四日市に8年ほどいたので懐かしい近鉄沿線。
勝っ手知ったる伊勢半島とは言えない。25年の変貌は激しいが、伊勢神宮の静かな佇まいは変わらない。

玉砂利の感触がいろんな想い出と繋がる。

初めて見たのは神宮の庭木に止まる鶏の姿!
夕暮れで見えないのだろうか。
人声に微動もしない鶏。

内宮に着いた頃はスッカリ夕闇に包まれていた。
25日 晴れた伊勢の海。漁村まで友と散策。凪いだ海面に漁船が浮いている。
 

来し方をポツリポツリと2人の友と語りながら潮の空気を吸う。
旅2日目の朝だった。  

Posted by jun1940 at 17:04Comments(4)

2010年10月30日

天の橋立:成相寺

10/23 天の橋立を一度みたいとのMr.Kを案内して朝出発。
「カミサンのテリトリーだ」というのでハンドルを握る事になった。
舞鶴から由良川を渡ると右に青々と広がる大海原を見ながら安寿と厨子王の伝説、由良の戸や大江山を歌った百人一首等紹介しながら走る。
JR天の橋立駅近くの民宿に車を預け、白砂の松並木へ向う。3.6km歩く前に文珠山にお参り。
山仲間のMr.K だから歩く事にした。
3.6kの松並木を歩き元伊勢神社にお参り。
「君が代」に出て来る「さざれいし」をゲット。
産霊石、神生み岩 とも呼ばれる天然記念物。
実物を見ないと「きみが〜よ〜は 千代に八千代に さざれいしの 巌となりて〜」などと
歌っても何ことか解らない。小さな石が大きな岩となる??? SFか? と思うだろう。

ケーブルで展望台まで高度稼ぎ。
観光客で賑わう展望台は今様の股覗き台が幾つか出来ていて、記念写真を撮る人が順番待ち。
雑踏を避け少し登ると昔々のお店と股覗きの元祖の石の台が残っていた。
リッチだったおじいさまが建てた別荘が店の裏に今も残っている。
三代目の店主も既に高齢者。
しばし昔話を楽しむ。
成相寺の突かずの鐘を思い出して聞いてみた。今もあるそうだ。鐘を突くと里には赤ちゃんの泣き声が響くので以後突かなくなったという鐘だ。

50〜60分で登れると聞いて、せっかくだから成相寺まで歩くことにした。
小学生のころ遠足で登ったが、苦しかったとか遠かったとは記憶に全くない。
戦争中に鉄は供出したので、戦後しばらくレールのないケーブルカーの道だった。
つまり海抜0から寺まで登ったのだ。
観光用にミニバスが往復するので舗装道路になっているのが歩くにはやや辛いが40分かからずに寺に着く。
成相山は569m の低い山だが、人里離れた山の中の成相寺。
有名な五重塔が装いも新しく紅葉し始めた山の風景の中に聳える。

途中のチシマザサの緑が美しかった。新鮮な緑が印象的で気になり下りはもしや?と観察。
やはり枯死した後の若い笹だった。
2〜3年開花がつづいたのだろう。すでに実が落ちてしまった茎が枯れた笹薮の中に沢山つったっている。

下山して文珠様の山門前の「元祖〜」と古い看板のお店に座り「智恵の餅」を頂く。
伊勢の赤福とそっくりのお餅だ。
民宿にMr.Kを残し、舞鶴への帰途に着く。
母を施設に見舞い、昔懐かしい橋立の様子を話す。
天の橋立の内海に面した縮緬の街に生まれた母は私の話をききながら一世紀近く昔の天の橋立の景色を思い浮かべている事だろう。

  

Posted by jun1940 at 15:23Comments(0)

2010年10月27日

若狭小浜の明通寺2010秋

2010.10.22
6月以来、行けなかった舞鶴へ向う。
ottoも同行し、さらに彼の友達も行く事になった。
5時出発。荻窪でMr.Kをpick-up。順調だった道路情況だったが甘かった!
目的地まで5kmで動きの取れない渋滞。予定より30分遅刻。but 朝のラッシュ時だからまずまずだろう。
中央高速は快適。我らが専用道路。
小牧→米原→北陸道:木之本→琵琶湖湖畔→小浜
小浜で明通寺に立ち寄る。
坂上田村麻呂が建てた寺。
国道から10分程海から離れて山に入ると、鬱蒼とした山中に静かに立つ。
大同8年(806年)堂塔創建。気の遠くなるような世界。
国宝の薬師如来、降三世明王、深沙大将の像を安置。
お坊様に歴史や仏像のお話を本堂で伺う。
屋根の葺き替えの寄進用紙に記入した後、願い事の欄に戸惑った。夫婦で戸惑った。
願い事がありすぎる。余りに切実な事を私事を記入するには恐れ多い気がするのだ。
結局「世界平和」などと立派な事にしてしまった。
そしてお賽銭箱にはもっと小さなチャリン... と音の出るものを投じて、安心して次々と祈願した。
小さな小さな1人の人間の小さいけれど切実な祈りを。



改修後300年の本堂は最近の近代的なチェックで一部のズレも生じていない事が判明とのこと。
ご住職自身が日本の建築技術の素晴しさに感嘆なさっている。
雪深く海風も荒れる日本海に面したこの地の揺るぎない建築。
また天然記念物「かやの巨木」樹齢500年 がどっしりと根を張っている。
木肌に両手をつけてまた祈りたくなった。
私は小浜の古刹が好きだ。
訪問者は少ないが、行き届いた手入れとひっそりとしかも気品漂う寺が多いのだ。
若き日に人生の夢を語りながら一緒に訪れた友を思い出す。
今病に伏している彼女にあとで電話をかけよう...

夕食前に母を見舞う。
おだやかな姿に胸を撫で下ろす。
  

Posted by jun1940 at 18:27Comments(2)舞鶴

2010年10月19日

アキノキリンソウに思うOmbra mai fu

運河はアキノキリンソウで一面黄色。
レッスンに入ったOmbra mai fu を聴きながら運河ウオーク。
聴きながら様々な思いが駆け巡る。
大小の宇宙のサイクルが駆け巡る。
キリンソウの黄色で昔聞いた植物学者の講義が蘇る。講義に出た経緯も場所も忘れたが、
アレルギー源と騒がれていた当時、冷静な学者の言は印象的だった。
キリンソウの一掃は意味がない。薬草に依る一掃などそのものが公害だ。
2〜3年すれば地中のキリンソウの栄養源は無くなりキリンソウ自体も生育出来なくなる。
それが自然のサイクルだ.... と言う話に納得したものだった。

この世に、宇宙サイクルで動くものもあれば変わらないものもある。
円高が問題になっている夏に購入した輸入版の楽譜は先生が昔購入された金額の半額だった。
明日ゲットする筈のドイツレクイエムの楽譜もなんと950¥とメール連絡が入った。
この変動と言うかサイクルは予測がつかないから経済問題になる。自然のサイクルとは別物。
そしてOmbra mai fu は300年以上も昔 Handel が作った。
以来世界中で唱われている。太古のペルシャのクセルクセスの話のオペラのアリア。
木陰を愛する〜 と言うアリア。
何でもない内容なのに美しく心に沁み入る。300年変わらず人の心に沁み入り続けている。
O先生は息子のような坊や先生。オバさん相手に真剣に教えて下さる姿に頭が下がるが、ふと母親気分になり勝手なことを言う生徒に変身することもしばしば。
300年も昔の歌の心をド真剣に教授。
当時は若い少年達が清らかな声で唱うことを教わったのだろう。
... お婆さんだが、心は清らかな若者で唱ってもいいだろう!  

Posted by jun1940 at 10:39Comments(5)自然の姿

2010年10月13日

芸術の秋ー運河の秋2010.10.13

運河ウオークはこのところ暗譜の時間だった。MDを操作しながら歩く。
植物には微かに目でご挨拶のみだった。
コンサートも終わり、雨上がりの運河は爽やかな秋。
目下RutterのMagnificatを暗譜中だが、身が今一入らない。
but 少しは気になるので片耳にイヤーホーン。
作曲者Rutterの指揮の演奏を聴きながらウオーク。
透き通ったハーモニーの繊細でシャレた音楽がながれる。
清らかな気分になる。

夏から白い花を開くクサギ。真っ赤な顎と真青な実が何時?
これもウオークの楽しみ。やっとゲット。携帯でゲット。

植物大好きの友人から誘われた植物の世界。
 クサギの実がこの世界での開眼要因だった。
歩き慣れた道に昔から在ったのにある時ハッと目に付いたクサギの実。
 秋空に飛び立つ寸前の鮮やかな実!  

Posted by jun1940 at 12:55Comments(2)利根運河

2010年10月12日

芸術の秋ーコンサート連日

10/10 三菱地所音楽部コンサート
    ロッシーニ:小荘厳ミサ曲他
トッパンホールへ早朝ottoが出かけた。腰痛にまだ微かな懸念をかかえながら出かけた。
二ヶ月地元の合唱団の演奏会を2つ半出場キャンセルした。
「半」は練習不足で17日のコンサートを降りたのだ。まだ終わっていないから「半」。
キャンセルの度に気弱になる姿に「腰痛ぐらいなによ!私は〜〜年間腰痛と付合って、山にも行くし歌も唱う!」とガミガミバアさんを通している。
SOSのメールも無く安心して娘と昼過ぎに飯田橋へと向う。ステージバアさん。
一年近く聞き慣れたミサ曲をトッパンホールの素晴しい響きの中で浸るもまた格別の感あり。
健康に感謝。
11番目「宗教的前奏曲」はハルモニウムのソロ。オルガンの先祖のような楽器。国立音大から借りて来たハルモニウム。管哲也演奏。
柔らかいオルガンの響き。古楽器の響きは素晴しい!
できれば小ホールで室内楽曲を聞いてみたいものだ。
演奏後元気でご機嫌な人は打ち上げに参加する様子。



パンフの上の葉書大の招待状は翌日11日の私のコンサート。
個人レッスンのお教室のコンサート。
コジンマリしたStudio WUU でのコンサート。
ソロでイタリア歌曲集から O der mio dolce 
6人のアンサンブル でカッチーニ:アベ マリア
           熊谷賢一 : 青葉の歌

大合唱と違い緊張そのものの初体験。
職業柄人前で喋るのには慣れている筈なのに、唱うとなるとまた別のもの。
「大丈夫ですよ。唱えますよ。」と褒め上手先生の指導の元に呼吸法からやり直した二年間。
姿勢、顔の筋肉運動、... 次々と教えられた二年間。
直前のレッスンでは唱わずに朗読。否 芝居の台詞として歌詞を喋る練習。
「え〜?唱わないんですか〜?」
「それ!その息の出し方で唱って!」と言われても「は? 何れで唱ったのか自覚症状ありませんが?」
質問はするが言われた通りにはなかなかできないお婆さん門下生。
ついに舞台に上がった。
スポットライトの中で客席は見えない。
ピアノ伴奏を聞きながら無我の境地に入る。
憬れる恋人を思う心を唱う。思いっきり唱う。
昔昔を思い出しながら、白髪も小じわも忘れて歌の中に入る。
聴きにきてくれた友や家族の「良かったよ〜」にこのときとばかり素直に喜ぶ。
これぞ若返りの妙薬なり。
芸術の秋満喫!  

Posted by jun1940 at 14:25Comments(4)音楽

2010年10月07日

芸術の秋ー琵琶

琵琶奏者の友あり。
演奏会の度に予定が入っていてチャンスを逃していた。
10/2 に◎をグルグルつけて待っていた。初体験の琵琶。
琵琶法師の謡う平家物語を文学の中で空想するのみだった。
それに加えて母が子供のころ習わされていたので押し入れに2台ころがっていた。
洋楽に憬れていたいたらしく母は琵琶を習っていた事を自嘲気味に語り、ある時琵琶を火に入れてしまった。以来琵琶にいい知れぬこだわりが灰燼の中に埋もれていたのも事実だ。押し入の中で安定感がなくゴロゴロして、何かが当る度にビ〜〜ンと不気味に弦が響いた。
琵琶に関することはこれで全てだ。

友人のバチさばきと語りには「目から鱗」!
不思議な響きに魅了されてしまった。
錦心流琵琶で曲目は「伊井大老」。
筑前琵琶、薩摩琵琶、錦琵琶、錦心流琵琶... 流派が数種ある。
島津公が琵琶で教訓歌を子弟の教育に使ったのが薩摩琵琶。その音色に惹かれて錦心琵琶が生まれたらしい。
言葉の意味を深く理解していないと相手に伝わらない。言葉も弦の響きも中に霧散するのみ。
教育手段として知識と心を教えるのに多いに役立った事だろう。
知らない世界への窓がまた1つ開いた。
知らない世界の風が吹き込んだ。

貴重な楽器をデジカメゲット。桑が材料。お手入れの行き届いた貴重な楽器だ。

それにしても「心が伝わる」ってなんと不思議なことだろう。
人間の感覚の不思議さ! ごまかしがきかない人間の心!
あらためて目を覚まさせられた。
自分の発表会を目前に控えて、空疎な解釈で♬を追っている自分ではないか?
♬にも意味がある、休止符にも意味がある〜。
当たり前の事だが。

O der mio dolce ardor ... MDで歌詞をくり返し味わいながら歩いて定期検診。
心配だった悪玉コレステロールが下がった。薬が減った。
爽やかな秋空。
猛暑と怪我で運動不足だったのだ。
正直な身体の反応!  

Posted by jun1940 at 16:56Comments(6)音楽

2010年10月05日

秋が来た!芸術の秋だ!

猛暑猛暑で秋は来ないのではないかと思う9月だった。
半ば過ぎの或夜、ヒグラシが来訪。
ちょっとした網戸の隙からガサガサっと入って来た。
PCが立ち上がっていたから明るいものが好きなのかキーボードとマウスの間に止まった。
ヒグラシが来たんだ!もう秋が来る!

そして芸術の秋、猛烈な芸術の秋開始。
9/18  東京City-Phil 35周年特別演奏会
ワーグナー管弦楽 & 合唱名曲コンサート 指揮はワーグナーと言えば飯守泰次郎!
合唱団の出番は歌劇「さまよえるオランダ人」:糸紡ぎの合唱 & 水夫の合唱
         「タンホイザ−」:巡礼の歌 & 大行進曲「歌の殿堂をたたえよう」
         「トリスタンとイゾルデ」
         「ニュルンベルグのマイスタージンガー」:目覚めよ、朝は近づいた

盛りだくさんの歌劇。合唱曲から歌劇全体を観客に伝えられるように!
マエストロの熱気は恐ろしい程で注文は厳しい。
but こんな恵まれた勉強ができる機会はもうないだろう!
S席少々残しABC席完売の客席。
天に響け!と歌い上げる。
心に響けとPPPで響かせる!
客席からの反応がビンビンと来る!

女声の私は「巡礼の合唱」は唱えない!
来世は絶対に男になろう!  ... と固く決意した。  

After Concert は記念の会。City-Phil の35周年のお祝い会。
そして 我らがマエストロの古希のお祝いだ!
写真を添付出来ないのが残念だ。記念のどら焼きを添付
おめでとうございます! これからもお元気で素晴しい音楽の世界へお導き下さい!
舞台で全身全霊出し切ったのは訳あり。
夏の怪我のその後の検診が待っている。年齢的に2〜3ヶ月後に脳内出血が見つかる怖れあり。
もう唱えないかもしれない。唱える時に唱おう!
破れかぶれでも諦観でもない、静かに流れる思いである。
ハードな二ヶ月の練習に耐えたのだから〜とは言え、深い所で怖れていたのだ。
月末にCT-scan. Pass!
内心も外心もほんとは恐かった。残された時間をどのように使おうか? と。
ホッとしたら、あれ! 声が出ないではないか? 
出血していなかったのだから声くらいなくてもいいではないか! うがい薬をゲット。
うがい & 睡眠 .... 
そして 一週間で声が戻った! 神様 ありがとうございます。
声が出るとなれば次は個人レッスンの発表会 が10/11 独唱とアンサンブル。
6人のアンサンブルだから欠ける訳にはいかない。全て暗譜!
そして11/7 は合唱団明響 でRutter:Magnificat  
後遺症は免れたのだ。
唱います、秋を唱って過ごします。

別の合唱団でottoも唱っているが、8月に腰痛。1舞台降りた。もう1つもキャンセル済み。
外科医院、総合リハビリセンター、鍼灸治療院... 痛がる者を車で運ぶ。
私のミニは腰に痛いのだが、知らない道を探しながら行くには彼の車では私の腕は未熟なのだ。ミニなら何処でも楽々Uターンも駐停車も出来るのだ。
「歳相応の現象」が結論。
つまり完治には至らないが、少し腰痛とのおつきあいが出来る様になったみたいだ。
ゴルフや舞台をキャンセルするたびに落ち込んでいたが、1つだけ残していた演奏会のためにオッカナビックリで今日は東京の練習に出かけた。

声だけでも唱えない。脳内出血でも唱えない。腰痛でも唱えない。
健康であらねば!家族の条件が揃わないと唱えない!
唱える幸せを噛み締めて!
  

Posted by jun1940 at 16:44Comments(2)音楽